ピアニスト南野陽子の「見聞録@ヨーロッパ」

音楽&文章によるコンテンツ工房をめざして♪

心理学の話

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フロイトの最晩年は

1938年から始まったナチスのオーストリア侵攻に伴い

急転回しました。

 

ナチスによるユダヤ人迫害の危機が迫る中

彼は沢山の患者を抱えていたこともあり

長く住み慣れたウィーンを離れるのを拒みましたが

最終的にロンドンに亡命することを余儀なくされました。

 

このブログでもご紹介した

ウィーンのフロイトの診療所がナチスに接収されていた間

ナチスの旗が診療所の入り口に掲げられていた写真が

今でも残されています。

 

フロイトはロンドンに移り住んでから

一年後に亡くなりました。

 

彼が80歳と高齢でガンを患いながら

新天地での生活を始めたにも拘らず

 

残された最後の期間にも

研究の執筆をし、診療をしていたという

事実に私は胸を打たれました‥。

 

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フロイトと同じ時代にウィーンで活躍した

有名な作曲家兼指揮者のマーラーは

フロイトの患者でした。

 

マーラーは50才の時に自らフロイトの診療所を

訪れたそうです。

 

フロイトの治療によりマーラーの重い神経症は

画期的に改善され

同じユダヤ系だった二人の間には

友情が生まれたと伝えられています。

 

音楽家にとってのマーラーは

とても偉大な存在です。

 

なので私がこの話を知った時には

「あのマーラーもそこの診療所に通っていたんだ!!」

と大感激しました♪

.Εーンにあるフロイトの診療所♪

フロイトはオーストリアの精神分析学者です。

 

私は15才からの5年間住んでいたウィーンのアパートが

フロイトの診療所(現在は記念館)のすぐ傍にあり

毎日のようにその前を通っていたことから

彼の研究に興味を持つようになりました。

 

フロイトの沢山の業績の中に

「無意識」についての研究があります。

 

その研究によると

「無意識」は「意識」よりも大きい存在なんだとか。

 

例えば私もよくする「言い間違い」

ある人の名前をどうしても間違ってしまう場合など‥

 

そこには自分でも気づいていない

「無意識的願望」が反映されていたりするそうです!!

 

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プロフィール
 


Yoko Nanno
南野 陽子(なんの ようこ)
ピアニスト


クラシックのピアノを学ぶために、15歳でオーストリア・ウィーンのコンセルヴァトリウム(音楽院)に留学後、ドイツ・ミュンヘン音楽大学卒業。以後、フランス・パリ、オーストリア・ザルツブルグで研鑽を積み、ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽大学で行われる国際サマー・アカデミーにてアシスタントとして後進の指導にあたる。

演奏活動、アルバム制作を経て、クラシック音楽の名曲をピアノ&シンセサイザーを用いて現代風にアレンジしたアルバム・シリーズ『ウィーンのカフェ〜Cafe in Vienna〜』を Apple Music, Spotify, amazon music,等各種音楽配信にて配信中。

トリオ・チルコ



帰国後、新しい形のヒーリング音楽「アクティブ・ヒーリング」を体現するアルバム「ザ・スピリット」を企画、プロデュース。「トリオ・チルコ」というユニット及び制作チームを発足させ、自らもピアニストとして演奏に加わった。


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